鉄道

2009年3月22日 (日)

阪神なんば線開業

昨日ですが、20日(金)に神戸フェリーバス・高松エクスプレス運行の神戸-高松線〔神戸FOOTBUS〕号がダイヤ改正され、同時に高松エクスプレスに初のエアロエース2台が登場したということで、三宮へ撮影に行ってきました。

その前の晩にかねてから話題になっていた阪神の難波延伸が20日からだと知り、ついでに試乗も兼ねることにしました。難波は私の行きつけであるYAMADA・LABI1なんばがあり、来月の転居に向けて洗濯機・掃除機・炊飯器・ポットの価格調査をする必要があった(買うのはヤマダ電機であればLABI1なんばでもLABI千里でも構わないわけですが、価格.comの市場最安値と比較して値切り交渉はします)ので、三宮から難波へと順番に回る予定に変更しました。

三宮へは昼前に着いたために高松エクスプレス便はおおむね到着が終わっており、午前の最終到着便である12:10着便は05年の神戸線開業時に登場した252号車で当ては外れました。高松エクスプレスの出発便が集中する時間帯は15:50~17:50の3本で、ここまで待ってると難波へ行く時間がなくなるのでまた後日リベンジすることにしました。ちなみに神戸フェリー便の方は13:30発の週末臨時便で貸切兼用車のPJエアロ2241号車が登場し、この車は初めて撮ることができました。

本題の阪神乗車に向けてはバスの出発が落ち着いた後、13:45頃に移動しました。駅に行ってみて驚いたのですが、今回の阪神なんば線は昨秋の京阪中之島線の時と異なりかなり反響が大きかったようで、人でごった返していました。それは2県の県庁所在地が一本の電車で結ばれるからなのか、関西の大手私鉄同士が初めて相互乗り入れを開始するからなのかはわかりません。しかし、三宮-奈良間はJRでさえ現時点で直通電車がなく、唯一の存在になるのは間違いなかったので期待は大きかったことでしょう。それに加えてこの路線が今大阪で一番の集客力を誇っている難波を通ることも大きなメリットであるように思います。まさに阪神電鉄が「神戸・難波・奈良、つながる」とPRしている通りです。これまで阪神三宮駅の上り電車の行先は「梅田」ばかりだったのが、そこに一列車だけ「奈良」があると、これだけでも強烈な印象を覚えました。

頭端式ホームの3番線に下りてほどなくしてやって来たのは13:58発快速急行の近鉄5800系・5802F(DH02編成)でした。ついに神戸に近鉄電車がやって来ました。阪急沿線で生まれ育った私にとっては近鉄の車両は大阪や京都の地下鉄に乗り入れているものくらいしか乗る機会がありませんでしたが、ついに近鉄の本線系の車両も身近に乗る機会ができました。この5800系は初代L/Cカーとして登場した車両ですが、阪神線内は6両編成しか走らないためしばらくクロスシートは封印するそうです(←しかし同じく阪神に乗り入れる山陽電車は終日クロスシートなんだよな~)。私は今回せっかく乗るなら阪神の新製車1000系か近鉄のシリーズ21がよかったので、この5802Fは見送ることにしました。
 近鉄5802F
 ↑阪神三宮駅へ乗り入れた近鉄の赤白塗装車  (2009・3・21 阪神三宮)

阪神・近鉄両社の運行配分は単純に半々というわけではなく、相互乗り入れを行う三宮-奈良間の総延長キロの配分によって決まるため、近鉄の方が若干多めという結果になりました。このことから快速急行も阪神車と近鉄車が必ず交互に来るわけではなく、次の14:18発奈良ゆきも近鉄車になりました(この辺りは梅田-姫路間の阪神と山陽の関係と同じです)。この三宮14:18発快速急行は近鉄のシリーズ21の一つである9820系・9828F(EH28編成)がやってきました。もちろん、この形式を三宮で見ることも私には新鮮でした。近鉄奈良線の新形式車(シリーズ21)で6両貫通車はこの9820系だけのため、どうやら9820系が近鉄側の乗り入れ車両の主力車となっているようです。全10編成が在籍していますが、全車に阪神乗り入れ対応工事が施工されたようです。ちなみにこの9820系はL/C車ではありません。奈良線新形式のL/C車は5820系6両編成5本(5821F(DH21)~5825F(DH25))となります。そこでこの9828Fに乗って出発することにしました。
 近鉄9828F in 三宮
 ↑近鉄のシリーズ21も阪神三宮駅へ登場  (2009・3・21 阪神三宮)

近鉄の車両は基本的に近畿車輌製のためJRの車両と似ているところはありますが、独自のサービスにも目が留まりました。2つありまして共通して座席に関するものでした。まずはロングシートであっても人数配分を明確にし、それに応じて座席に仕切りが入っていました。最近はJR321系のようにシートに一人分の窪みを入れ何人掛けのシートなのか明示する車両は増えてきましたが、肘掛けのミニマム版みたいな仕切りは初めて見ました。つまりこれがあると隣が空いたからといってお尻を平行移動することができないのです。321系でも座席の窪みのおかげで7人掛けのシートに7人着席することが定着しました。それまでの207系までの車両では7人掛けのシートに6人しか座れないといったことはよくあったのです。近鉄はこういった問題に早くから取り組んでいたようですね。もう一つは側引戸に面した端の座席の仕切り(壁?)が大きく造られていたことです。JRでも207系はしっかりしていますが321系はパイプだけで造った簡素なものになりいただけなかったです。その点近鉄はこの仕切りを大きくしてくれたので移住性が良かったです。

近鉄車両ですが、始発の三宮では「本日は阪神電車をご利用いただきましてありがとうございます。奈良ゆき 快速急行でございます。…」というLEDテロップが流れていました。乗り入れ対応工事で案内プログラムも変更したのでしょう。これによると停車駅は魚崎・芦屋・西宮・今津・甲子園・武庫川・尼崎・西九条・九条・ドーム前・桜川・大阪難波・近鉄日本橋・大阪上本町・鶴橋(西九条から鶴橋までは地下区間のため各駅停車)・生駒・学園前・大和西大寺・新大宮のようで、阪神線内では駅数が多くかつ特急との兼ね合いから停車駅を最小限に絞った(絞り過ぎると停車駅数が特急と同等以下になるのでまずい)結果がこれのようです。今津や武庫川は接続駅ではあるもののかつては優等列車にあまり相手にされず不便だったような印象がありますが、今回の改正で一気に飛躍したように見えます。

本当は難波まで一本の電車にそのまま乗っていくつもりでしたが、三宮も難波も地下駅である上せっかくの好天に恵まれたため、途中の尼崎で一旦降りて少し撮影していくことにしました。こまめに停車を繰り返した快速急行は14:43に尼崎に到着しました。三宮から25分はちょっとかかり過ぎのような気が…。大阪-三宮でさえJRの新快速は21分、阪急の特急は27分ですからね。やはり尼崎駅でも近鉄のシリーズ21は人気者でした。
 近鉄9828F in 尼崎
 ↑阪神尼崎駅でも異色の近鉄9820系  (2009・3・21 阪神尼崎)

尼崎まで来てようやく阪神なんば線のダイヤ体系がわかりました。三宮にいる時点では神戸-奈良を直通する目玉商品の快速急行しかありませんでしたが、旧阪神西大阪線の起点である尼崎までは非優等種別も多数乗り入れていました。というよりは快速急行を除き旧西大阪線の線内普通電車をすべて近鉄乗り入れに変えたようでした。このため尼崎駅では20分間隔の1サイクルの間に快速急行1本(奈良ゆき)・区間準急1本(大和西大寺ゆき)・普通1本(東花園ゆき)の計3本が運転されていました。つまりは1時間あたり片道9本の運転になるので、阪神なんば線内は高頻度で電車が走っていました。降車した快速急行の後続は14:47発の普通・東花園ゆきで、私がこの日見る中で初めて阪神1000系がやってきました。三宮口では1000系はあまり見ませんでしたが、尼崎以東では元気に活躍しているようでした。この普通電車には1203Fが充当されており、1203Fは新線開業を記念したヘッドマークのようなステッカーが貼ってありました。阪神初のフルカラーLED式行先表示器を採用して見やすくなった上そこにラグビーの聖地・花園の地名が現れるとは…直通運転でなければできない技ですよね。軒並み混んでいた快速急行とは異なり、尼崎始発のこの電車はガラガラで発車していきました。尼崎から見れば大阪難波までの間に追い抜きはないので、どの電車に乗っても先着するんですがね、駅ではしきりに「今ホームで停車中の電車が大阪難波までは先着します」旨の放送を繰り返していました。
 阪神1203F
 ↑阪神の新鋭1000系とそこに現れた「東花園」の駅名  (2009・3・21 阪神尼崎)

次の14:55発区間準急・大和西大寺ゆきは近鉄の2両編成が3重連で運転されていました。それも9020系2本の間に1252系を挟んだ変わった編成になっていました。この電車が待機中、ちょうど隣の4番線に下りの三宮ゆき快速急行で阪神の1000系(1208F)がやってきたため、ついに阪神・近鉄2本の並びが実現しました。
 阪神1208F・近鉄9031F
 ↑阪神1000系近鉄9020系の並びが実現  (2009・3・21 阪神尼崎)

この区急の次は1サイクルが回り、乗ってきた快速急行の次の快速急行(15:03発)となります。この電車は近鉄の9821Fとなり、快速急行が3本続けて近鉄車での運転でした。先発の2本とは違い、快速急行は格段に混んでました。三宮から乗ってきた電車と同じ車種だし始発電車は空いているのでこの快速急行も見送りました。先の写真で阪神車の快速急行が発着した4番線がなんば線の到着ホームらしく、尼崎止の普通・区間準急もこのホームに着いた後西側の電留線に引き揚げすぐに折り返しで、これは近鉄・阪神のどちらでも同じでした。普通電車で尼崎に着いた9020系3重連編成の中の中間編成に新線開業PRのラッピングが施工されていました。ちなみにこの両端の編成も伊勢志摩のラッピングが施工されており賑やかでした。
 近鉄9029F
 ↑9020系3重連編成の西方を担当した9029F  (2009・3・21 阪神尼崎)

15:07発の普通・東花園ゆきは阪神の1206Fでした。この電車も先の1203F同様のヘッドマーク付きでした。この電車でもよかったのですが、待機していた次発の区間急行も1000系だったので、なんばへはそれで向かうことにしました。
 阪神1206F
 ↑尼崎始発の普通で2本連続で担当となった阪神の1000系  (2009・3・21 阪神尼崎)

次の15:15発区間準急・大和西大寺ゆきで阪神1000系のトップナンバー車が登場したので、これで尼崎を離れることにしました。この日阪神車で行先に奈良県内の近鉄駅を見るのは初めてで、なかなか見事でした。9821Fの快速急行が遅れていた関係でその後の電車に順番に遅れが波及していました。関西では私鉄で遅れはあまり聞きませんが、今回開業した阪神なんば線の最大のライバルは遅れのようです。というのは土日はあまり関係ないですが、ラッシュ時は尼崎-大和西大寺が8両ないし10両まで増結運転されるため、増解結作業の不手際や連結に関する装置の故障などで遅れが慢性的に発生している線区なんだそうです。加えて近鉄・阪神ともに車両の初期故障が続いていてこれが落ち着くまではダイヤの乱れは避けられません。乗車した区間準急も2分ほどの遅れで尼崎を発車しました。
 阪神1201F in 尼崎
 ↑尼崎から乗車した区間準急の阪神1201F  (2009・3・21 阪神尼崎)

区間準急の停車駅は(阪神線内)大阪難波までの各駅・近鉄日本橋・大阪上本町・鶴橋・布施・河内小阪・(近鉄線内)東花園以遠の各駅で、通過駅がなんと近鉄の5駅のみとのんびりした設定でした。近距離ならいいですが、やはり尼崎から生駒・西大寺・奈良へ急ぐのであれば快速急行でなければならないことに納得できました。この停車駅設定がまた快速急行の混雑を招いている理由でもありました。阪神の車両といえば武庫川車両製が多いですが、乗車した1201Fは珍しく近畿車輌製でした。それでもJRや近鉄と違い近車と阪神はそれほど深い関係にはないため、1000系はあまりJRや近鉄の車両と似た点は見受けられずオリジナリティーを保っていました。

西九条までの旧西大阪線内はホームこそ延伸やリフレッシュはされていましたが、線路自体の改良はほとんどされておらず、「下町の中の急カーブ」が随所に残っていました。この関係からか、この区間は全体的にスピードが抑えられていました。予定では西九条15:26着・大阪難波15:34着で西九条までに半分以上の時間を費やしていました。新線区間は次の九条までは地上を走っているもののシールドのようなものに覆われ沿線の景色は確認できませんでした。ただ途中大阪環状線をオーバーラップしていることは間違いありませんでした。そのシールドごと傾斜を下っていき、地下区間に入ってすぐのところが九条駅でした。九条の次は大阪ドームの最寄り駅、ドーム前になります。これまで大阪ドームの最寄り駅は地下鉄長堀鶴見緑地線のドーム前千代崎駅でしたが、長堀鶴見緑地線が利便性に欠けるせいか評判はいまひとつでした。しかし今度の阪神なんば線は駅とドームの距離が短いのはもちろんですが西は三宮、東は奈良まで直通のため利便性は格段に向上しました。加えて阪神甲子園と大阪ドームが一本の電車でつながったため、野球ファンには嬉しい上新たな需要が引き出せそうです。

次の桜川には従来から地下鉄千日前線が乗り入れていましたが、今回阪神が接続することでさらに便利になりました。この桜川駅は運行上キーになる駅で、2つのポイントがあります。1つはここで阪神と近鉄の乗務員交代が行われます。何で大阪難波で交代しないのかは謎です。私が乗った区間準急でも(最後尾車両に乗ったので)後を見ていると阪神の車掌が下車し近鉄の車掌が2名乗車していました。2つ目は前後の線路配置についてです。従来は近鉄難波駅の西側が近鉄の折り返し用電留線でしたが、その中に阪神なんば線の本線を建設したため、電留線が減少してしまいました。難波へは近鉄は奈良線の電車しか乗り入れないのでその半数以上はそのまま阪神(最低限は尼崎まで)に乗り入れることになりますが、難波へは他にも布施から大阪線経由で名古屋・伊勢志摩まで走る特急も乗り入れてくるのでそれらは大阪難波折り返しになります。そこで大阪難波西方の代わりに桜川駅の西方に近鉄の折り返し線が造られたため、桜川は阪神の駅ながら近鉄の回送電車も捌かなければならない駅になりました。回送の都合上、本来は阪神線内では運転されないアーバンライナーといった特急列車も桜川駅限定で見ることができるそうです。桜川-大阪難波は近鉄の回送列車も含めると多数の列車が運転されていることになるので、これもまた運行上のネックになりました。乗ってきた区間準急は桜川での停車時間も他駅に比べて長かったですが、駅を発車して途中で信号待ちにより停車する羽目になりました。結局尼崎からの遅れも含め大阪難波へは6分の延着になりました。

今後もこの阪神なんば線は大いに期待できると思います。ただし最近の私鉄にはなかった「遅れが発生しやすい」という体質を持ち合わせているため、今後はこのインシデント(尼崎・大和西大寺の増解結作業および桜川-大阪難波の信号処理)をどう克服していくかが神戸-奈良直通交通機関のリーダーとして定着するためには重要な鍵となりそうです。
 阪神1201F in 難波
 ↑大阪難波へ到着した阪神1000系の区間準急  (2009・3・21 大阪難波)

なんばからの帰りは新今宮で南海とJRを乗り継ぎました。南海にもフルカラーLED行先表示器を付けた車がいるようで以前ちらっと見かけて気になっていたのですが、たまたま乗り合わせて正体がわかりました。区間急行・みさき公園ゆきで運転していたこの電車は8000系という車両で、製造は東急車両でした。2007年製だったので製造から間がないわけではないようです。車内は削れるところで設備が簡素化されており、JR東日本E231系のように側引戸内装にデコラがなく、銀色の金属色がむき出しになっていました。4両編成で当該列車は8両編成だったため、和歌山方に1000系4両編成を連結していました。南海は4または2両編成の車両が多く、営業運転を行うに際して異車種の編成同士が連結されているケースはよく見かけます。
 南海8001F
 ↑南海の新鋭8000系車両  (2009・3・21 新今宮)

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2009年1月19日 (月)

変わり種地下鉄

昨日はDVDを作成しようと思ったら咋夏にPCをXPモデルからVistaモデルに替えたことにより従来使っていた外付DVDドライブに付属していたオーサリングソフトが対応しなくなった(インストールできなかった)ため、千里中央のLABI千里までVista対応のPLEXTOR製ドライブを探しに行ってきました。

Vista対応光学ドライブならどこにでもあるものですが、PLEXTORとなると取扱店は少なくヨドバシをはじめとした都市型大型店に限られ、その中で車で行ける所はとなった時白羽の矢が立ったのがLABI千里でした。

しかしそのLABI千里でもPLEXTORは扱ってないとのこと。仕方ないのでそのまま北急で梅田まで出動することにしました。

小さい頃は豊中に住んでた関係で御堂筋線はよく乗ってましたが、千里中央から大阪市内まで通して乗るのは久しぶりでした。運転本数からして当たる確率は少ないはずなのに、往復とも乗ったのはポールスターでした。

さて、往路新大阪にて後続で待機していた天王寺ゆきの10系電車が何やら派手な色をしていて気になりました。これまでも10系・21系とも広告ラッピングの実績はありましたがせいぜい中間車1両に過ぎませんでした。しかし今回の電車は編成のほとんど…どころか全車が水色のラッピングをしており気になったので、梅田で降車後待ってみました。

来た電車を見てビックリしました。ラッピングはなんと両先頭車の前面半分にまで及んでいました。ここまでの広告塗装は大阪市営地下鉄では珍しい部類だと思います。ちなみに広告の正体はパチンコチェーンのマルハン(電車でアントニオ猪木の吊り広告でお馴染みのパチンコ店です)でした。
 大阪市交1112F
 ↑編成全体の珍しい広告塗装となった大阪市交1112F  (2009・1・18 御堂筋線梅田)

最後に、結局探していたPLEXTORのドライブはヨドバシ梅田にもなく、そこで聞いたPLEXTOR PX-810UFと同レベルのバッファロー製ドライブをLABI千里で買って帰ったのでした。

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2008年12月14日 (日)

さよなら、夢の超特急

今日12/14は0系最後のさよなら運転日です。ということで最終列車〔ひかり347号〕の始発駅である新大阪で行われたさよなら式典に行ってきました。

電車は14:56発、式典は14:30からということで1時間以上前の13:15頃新大阪駅に着いたのですが、既に電車が発車する20番線は式典の準備がなされ、大勢の人で騒々しい雰囲気に包まれていました。電車の先頭から少し前方の16両編成7号車付近に式典の準備、その前方に新聞・テレビの各マスコミが陣取り、一般人は前方では16両編成5号車より前でしか待機できませんでした。ホームはこの間に売店スペースや太い柱などが張り出しており、5号車位置からでは式典も先頭車も撮れるような状況ではありませんでした。

20番線で待っていたところ、ちょうど隣にいたおじさんが14:00になったら式典のためその付近が通り抜けできなくなること(つまりは電車後方移動したり別のホームに移ることができなくなる)を教えてくれ、混雑の度合いから隣の21番線から撮る方が良さそうで自分はそうするというので、おじさんと一緒に21番線に移りました。結果としてこれが吉でしたが…。

21番線ではまだ6〜7号車付近でもスペースがあり助かりました。ただし20番線と同様7号車より前はすべてロープが張られていました。違ったのは20番線はJR西日本およびJR西が用意した警備員で警備に当たっていたのに対し、21番線はJR東海が警備していたことでした。間接部門の社員もいましたが、普段では考えられない人数の駅員が対応しておりご苦労様といった感じでした。今回のさよなら運転はJR西が企画したもので東海はまったく関係ないんですが、新幹線の新大阪駅は東海の持ち物で、そこが人でごった返す以上安全確保のための対策は取らざるを得ず、とばっちりではありますがJR西に負けないぐらいの大きさの声で指差喚呼をしホームを見張っていました。

20番線に1時間ほど陣取っていたRailStar〔ひかり469号〕が14:19に発車すると、ようやく20番線の状況が把握できました。下の写真(式典中のものです)の通り、式典スペースを除いて動けないほど人で埋まってます。
新大阪駅0系さよなら運転記念式典(1)
 ↑さよなら運転記念式典中の様子  (2008・12・14 新大阪)

写真を整理すると右(列車前方)から報道陣,来賓,挨拶者,司会者,JR西日本関係者となります。さらに写真左端のJR西日本関係者の左に〔ひかり347号〕の乗客、報道陣から右側に数m空けて一般の撮影者が待機していました。

ホームを移った結果、14:30からの式典は22番線の案内放送で聞き取り辛かったものの、比較的見易い位置で全編拝見できました(0系入線までの過程)。20番線の柱が被ってしまったものの、きちんと『ありがとう夢の超特急(1964-2008) 0系新幹線さよなら式典 平成20年12月14日 西日本旅客鉄道株式会社』と書かれたタイトルパネルも用意されていました。
 新大阪駅0系さよなら運転記念式典(2) 
 ↑タイトルパネルと多数の報道陣  (2008・12・14 新大阪)
 0系R61編成入線シーン(1)
 ↑入線する0系をマスコミのカメラも追う  (2008・12・14 新大阪)
 0系R61編成入線シーン(2)
 ↑0系到着で向かいの21番線でも撮影合戦が始まる  (2008・12・14 新大阪)

14:45に西方から6両編成の0系が現れました。この時は21番線でもかなり写真が撮りにくい状況になっていましたが可能な範囲で何とか頑張りました。編成はR61編成でした。陣取った位置が1号車先頭より少し後だったのでミスしましたが、移動しつつ前回11月に岡山で撮らなかった先頭車ノーズの真横からのショットに挑戦してみました。前に並ぶ人の頭より高い位置からカメラをかざしたのでカメラの液晶を見ず終いでしたが案外上手く撮れてました。できるだけ『0系らしさを強調』した写真にしたかったのでひとまず成功といったところでしょうか。
 R61編成:21-7008(真横)
 ↑1号車:21-7008を真横から  (2008・12・14 新大阪)
 R61編成:21-7008(斜め)
 ↑人の手が入っているのはそれだけ人が多かった証拠  (2008・12・14 新大阪)

後の6号車は先頭車よりもまだ撮りやすかったです。入線から発車までは11分ありましたが、何しろ人が多かったので撮影は至難の業でした。6号車の撮影は最初は上手くいってましたが、発車数分前になって急に陽が差し込んで逆光になり大変でした。逆光になるといくら補正をしても満足のいく写真は撮れませんでした。
 R61編成:22-7008
 ↑6号車:22-7008の最後の雄姿  (2008・12・14 新大阪)

私は1999年7月31日のJR東海0系引退を記念して運転された〔さよなら0系ひかり号〕もこの新大阪駅で迎えていますが、東海から0系が引退した時に比べると今回は破格の人出でした。でもそれは裏返すとそれだけ0系が多くの人々から愛されていた証拠でもあり、今回は0系の本当に最後の運転だったわけですから、本当に多くの人々に見守られながら最期を迎えられたことは幸せだったと思います。今日限りで今後どこかで0系が走ることはもう絶対にありません。今後はこの0系が残した素晴らしい技術と実績を将来の新幹線に継承していくことが大切ではないでしょうか。私は新幹線の世話はしていませんが一人の鉄道マンであります。直接新幹線業務に携われなくても何かしらこの働きかけをしていきたいなと思っています。夢の超特急0系、本当にお疲れ様でした!!

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2008年11月24日 (月)

紅葉見物

今日は雨でしたが、紅葉の季節ということもあり、家から車で1時間の亀岡で電車に乗り継ぎ京都まで出かけてきました。

亀岡に着いたのは11:30頃で、当初は嵐山で紅葉見物をしてから京都で昼食をとる予定でしたが、時間的に微妙なところで先に京都へ出ることにしました。久しぶりに来た亀岡駅は2面4線という線路配置こそ変わっていないものの駅舎が新築の橋上駅舎に変わっていました。かつてはタクシー乗り場に一番近い側のホームに改札があり下り特急はそのホームから発車していましたが、今はどのホームも改札までは階段を上ることが必要になったので特急の発車ホームも差別化はなくなっていました。

一番変わっていたのは普通(快速)電車の陣容でした。かつては京都総合運転所(キト)の113系4両編成が基本で福知山直通便はそれの福知山方に福知山電車区(フチ)の113系2両編成が併結された6両で走っていましたが、現在は宮原,福知山への新車の223系投入により網干から京総へ221系4両編成が大量転属し、これが主力になっていました。それも同じ4両で走るのではなく2本併結の8両で走っていました。輸送力は格段に増強されましたが、定期でそう変わったのか京都の季節柄に合わせた措置かはわかりません。
 京都総合運転所Mc221-70
 ↑嵯峨野線の普通電車はキトの221系4+4両が基本に  (2008・11・24 亀岡)

乗車した亀岡11:49始発の普通電車に先発したのは11:44発の特急〔タンゴディスカバリー2号〕でした。車両はKTRの持ち物ですがKTR線の久美浜から2両、JR管内の東舞鶴から2両でそれぞれ発車し綾部で併結するスタイルになっています。かつてはKTR線の非電化区間から京都へは府内の重要な移動手段として直通特急・急行が多数運転されていましたが、KTR宮福線の電化と高速道路の開業で直通列車がどんどん減ってしまい、現在は1.5往復/日のうちの1本です。ちなみにかつてはこの手の列車は西舞鶴経由でしたが、福知山での利便性を向上させるべく現在は宮福線経由に変更されています。「本数が減った」とは書きましたが、天橋立で電車特急に乗り換えることを考慮すれば便数自体はそこそこ確保できています。

丹後もカニの季節を迎えていることもあり、今日は6両編成に増結されていました。おそらく久美浜便が4両になったのだと思います。しかし、久しぶりに見たKTR8000系は様子が違っていました。なんと車両側面は企業(OMRON)やら天橋立観光PRなどの広告だらけ。私が子供の頃からずっと言われていたことですが、やはりKTRの財政はかなり厳しいようです。特急車両に広告掲載というのは究極の手段といえます。
 KTR8004
 ↑〔タンゴディスカバリー〕は賑わっているがKTRは儲かってない様子  (2008・11・24 亀岡)

さて、乗車した普通電車は市町村境と峠を越えた嵯峨嵐山から先で京都市内区間の短距離乗車のお客さんが一気に増えました。嵐山の場合はこれに加えて観光客も乗り込みます。それでも輸送力を増強しただけあってぎゅうぎゅう詰めになることなく京都へ到着しました。途中には線路拡張工事をしている所が幾つも見られ、工事が完成すれば亀岡への速達化も図れると思います。

京都では3連休でバスも増車していたからか徳島線の到着便で続行2号車に西Jの貸切兼用車(641-8959)を見かけました。京都(営)所属の昼行車はいつどこで走っているのか運用が読めないところもあり、たまたま撮れたのはラッキーでした。ちなみに1号車はJR四国バスの644-6952でした。
 西日本JR641-8959
 ↑西Jの貸切兼用車641-8959と初顔合わせ  (2008・11・24 京都駅烏丸口)

昼食とビックカメラでの買い物を済ませると嵯峨野線で嵯峨嵐山まで折り返します。ここで、先に嵯峨野線の普通電車は221系4+4両が基本と書きましたが、一部例外として6両の列車が走っています。これはフチの2両とキトの4両を併結した列車です。一つは従来通りの113系同士の併結列車です。もう一つはフチの新車223系5500台とキトの転属車221系を併結した列車でした。フチへ223系が投入されるにあたって『いずれは221系と併結して京都まで走る運用が出てくるだろう』と予想していましたが案の定登場しており、往路嵯峨嵐山で初めてすれ違いました。

かつては1時間に片道1本ずつ京都−福知山直通列車が設定されていましたが、現ダイヤでは普通電車はすべて園部で分断されており、朝福知山から上がってきたフチの車両は夕方まで同じキトの車両とペアになったまま京都−園部を折り返す運用になっていました。これが一日に2本あり、今日はその1本が113系、もう1本が223+221系でした。せっかくだから乗ってみようと思って待っていた京都14:06発の快速・園部ゆきはもう片方の113系でした。前から
 M'c112-5309  フチ(S9)
 Mc113-5309   フチ(S9)
 Tc111-5759   キト(C3)
 M'112-7020    キト(C3)
 M113-7020   キト(C3)
 Tc111-5709   キト(C3)
という編成で、実は後のキトの4両は来月広島運転所へ放出する編成でした。放出の理由は言うまでもなく221系の転入です。
 福知山電車区M'c112-5309
 ↑今後の去就が注目される福知山電車区113系  (2008・11・24 京都)

問題の車両には嵯峨嵐山に到着した時に遭遇しました。こちらの到着と入れ違いで14:20に嵯峨嵐山発車。京都までの所要時間と折り返し時間を入れて45分は戻ってこないだろうと読んでその間に観光に出かけました。嵐山は生憎の雨でしたが季節が季節だけあって観光客で一杯でした。嵐山の紅葉の進捗を見るには渡月橋まで行くのが一番と思ったのでとりあえず渡月橋を目指しました。するとそこには見慣れないモノが…。それはカモメの群れでした。普通はカモメというと冬場に海の近くに現れる(徳島ではよく見ました)鳥ですが、なぜ京都に現れたのかはよくわかりませんでした。
 嵐山のカモメ
 ↑嵐山の桂川に現れたカモメの群れ  (2008・11・24 嵐山渡月橋)
 嵐山の紅葉
 ↑渡月橋から亀岡方:保津川を望む  (2008・11・24 嵐山渡月橋)

京都から折り返してきた223+221系の編成は嵯峨嵐山15:20発の快速・園部ゆきで登場しました。編成は前から
 Tc222-5508  フチ(F8)
 Mc223-5508  フチ(F8)
 Tc221-40    キト(K5)
 T221-40    キト(K5)
 M'221-40    キト(K5)
 Mc221-40   キト(K5)
でした。223系でも岡山の5000台と福知山のこの5500台だけは全面通り抜けを可能にした造りだけあって、乗務員室ユニットのレイアウトが他の223系と大きく違っていました。乗務員室と客室の仕切り扉が引き戸(中間車の貫通扉と同じ)になっている車両は私が見る限り初めてでした。
 福知山電車区Tc222-5508
 ↑嵯峨野線のニューフェイスとなった福知山電車区223系5500台  (2008・11・24 嵯峨嵐山)

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2008年11月13日 (木)

0系&500系のぞみ乗り納め旅行 (3)

福山はこれまで新幹線で通過するばかりで降りるのは初めてだったので、今回福山駅下車後は街を散策してみることにしました。

福山でまず目につくのは駅北側に隣接する福山城。新幹線の車窓として定着しているこの城に行ってみました。昨年は彦根城に行きましたが、福山は彦根ほど高い所に建っていないのか、天守閣前広場まで行くのにさほど石段を上らずに済みました。福山城天守閣前広場はちょうど菊花展が開催中で観光客で賑わっていました。ある家族に記念写真を撮ってもらえませんかと頼まれたのでカメラマンを務めてから駅南側のバスターミナルに移動しました。
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 ↑福山城天守閣前広場

福山駅前バスターミナルはアスファルトの上に造られたまだ発展途上な感じでした。一部がまだ工事中であり、将来的にはきれいになるんでしょうが、工事は遅れてる感じでした。

高速バスのりばを探して行ってみると、ちょうど15:40発の因島ゆき本四バス(正式名称は本四バス開発)が改札中でした。福山発着の高速バスは県内の広島,因島線と海を越える今治線が主力のようで乗車率は上々でした。
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 ↑好調の福山-因島線〔シトラスライナー〕  (2008・11・2 福山駅南口)

因島ゆきが発車後15:45発今治ゆきの中国バスが入ってきましたが、ちょうどそこへ電器製品を抱えた東南アジア系の外国人男性がやって来ました。どうも因島ゆきに乗りたかったみたいですが乗り遅れたようで、ドライバーに聞いてました。しかしドライバーも時刻表を見ながら「さっき出たばっかりですね」の返事。外人氏には待ってもらうより仕方ありません。
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 ↑福山発着の本四連絡路線では松山線よりも元気のいい今治線〔しまなみライナー〕  (2008・11・2 福山駅南口)

今治ゆきもかなり客を乗せて発車しました。さすが一時間ヘッドで走る本四連絡路線だけはあります。今治ゆき発車後は一般路線バスに目を向けてみました。福山駅前に乗り入れるのは中国バス・井笠鉄道・トモテツバスの3社で、方面別で事業者が別れている点は広島BCと同じでした。地方都市には古い車が多いのはどこも似た傾向ですが、福山は80年代かそれより年式が古そうなどす黒い煙を撒き散らしている車もいました。徳島の木製の床の車もたいがいでしたが、明らかにそれより古そうでした。

高速バスの次便は中国バスの〔ローズライナー〕広島ゆきです。そこで先ほどの外人氏が今度は私に片言の日本語で「因島ゆきか?」みたいなことを聞いてきました。そこで「広島ゆきです」と返答したのですが、『広島』が『因島』に聞こえたらしくもう一度『Innoshima?』と聞かれたので『No,Hiroshima!』と返してようやく納得してくれました。

広島ゆきの次は折り返し時刻までの間にバスがないためそろそろ駅に移動。帰路は新幹線ではなく在来線で岡山まで戻ります。これができるのも俊足の快速〔サンライナー〕が30分ヘッドで走っているおかげです。サンライナーだと両駅は約45分。これを考えるとゆっくりとした足取りでも0系は27分だったからやはり新幹線は速いですね。

乗車列車は16:12発の岡山ゆき〔サンライナー〕。岡山電車区の117系4両編成ですがワンマン列車でした。岡山―福山は普通列車は車掌が快速はワンマンです。なぜこうなったかというと『快速の停車駅を絞り過ぎて集客が悪かった』から。途中の駅数は多いですが、快速〔サンライナー〕は主要駅である倉敷・新倉敷・笠岡にしか停まりません。このため俊足ですがいつもガラガラです。対して普通列車なら夕方の115系では立客が出るほどでした。
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 ↑ワンマン快速〔サンライナー〕で一路岡山へ  (2008・11・2 福山)

乗車の3746Mは各車10名ずつほどの乗客で定刻に発車しました。笠岡から岡山は3月に乗ったのでわかりますが、それより西は初めてでした。といっても時間にすれば10分少々の距離。しかも福山市の東隣が県境を越えて笠岡市でした。

笠岡を出ると慣れた道程ということもあり、新倉敷まで寝ることができました。思えば大阪を出てから新幹線の中でもまったく寝てなかったので道中初めて休養がとれました。

岡山は定刻16:58着で次の新幹線が17:14発〔のぞみ40号〕のため、慌ただしく乗り継ぎます。最終レグの〔のぞみ40号〕はN700系です。N700系も3月のダイヤ改正で東京―博多直通の〔のぞみ〕のうち速達型のスジ1本/時に確実に充当されるようになり、大幅に乗車チャンスが増えました。時間によってはさらに1時間にもう1本運転されている停車型(山陽区間で福山・新山口など中間駅の停車が若干増える)の〔のぞみ〕にも充当されています。

〔のぞみ40号〕で到着した編成は東海のZ22編成でした。いつの間にかZ編成も数が20を超えており、『もうこんなに増えたのか』というのが正直な感想でした。速さと乗り心地は上々でしたが、やはり東海主導で造られたビジネス趣向の車両だけあり、設備の点で面白みに欠けるところが残念でした。
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 ↑増備のペースが早いJR東海N700系・Z編成  (2008・11・2 岡山)

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2008年11月 3日 (月)

0系&500系のぞみ乗り納め旅行 (2)

〔こだま659号〕となる0系の行路は12:53に〔こだま638号〕で岡山に到着、折り返しまでは岡山駅の西方にある博多総合車両所岡山支所で待機です。始発なんで少し早めに入ってくるかなと思い、14:30に発車ホームである22番線に行ってみました。その時点ではまだいませんでしたが、先発の14:31発N700系〔のぞみ23号〕が出るとその後すぐ14:37に入線してくるとのこと。

6両編成なんでホーム中ほどに停まりますが、先頭車停車位置付近には午前中の新大阪のようなカメラを持った人間はおらず助かりました。どうやら入線シーンを撮りたいのかホームの端に固まっているらしい…。

14:37にアナウンスとともに西方から6両編成の0系が入線してきました。塗装が往年の0系のものに戻されているため、短いものの0系らしい風格がありました。電車は3本残っているうちの1本であるR67編成。先頭車から順に
 1号車 : 21-7951 (Mc)
    (改造)21-7951(1988・3:博多)←25-2038(1985・5:東急:38次)
 2号車 : 26-7210 (M')
    (改造)26-7210(1990・2:博多)←26-2212(1983・2:日車:32次)
 3号車 : 25-7902 (M)
    (改造)25-7902(2001・4:博多)←25-2905(1986・9)←37-2530(1984・1:日車:34次)
 4号車 : 26-7013 (M')
    (改造)26-7013(2003・4:博多)←26-7031(1995・3:博多)←26-2024(1983・6:川重:33次)
 5号車 : 25-7008 (M)
    (改造)25-7008(1988・8:博多)←25-2041(1985・5:日車:37次)
 6号車 : 22-7951 (M'c)
    (改造)22-7951(1988・3:博多)←26-2245(1985・5:東急:38次)
という組成でした。最近のインバータ車両は電動車1両に対し1つの制御装置が対応する『1C1M』方式ですが、この0系は113系などと同じMM'ユニットなので時代を感じます。この場合M車とM'車は必ず隣り合ってなければならず、このR67編成は電動車3ユニットで構成されていることになります。今回は唯一の指定席車である4号車に乗車です。

岡山停車中、やはり0系の先頭車は人気を集めていました。0系は前照灯が点灯しているとどこか力強さがあり、それが赤い標識灯(テールランプ)に変わると旅の印象をやんわりと残す優しさが伝わってきます。このテールランプだからこそ夜の東京発最終列車を舞台にしたJR東海『シンデレラエクスプレス』のCMは成立したのだと思います。今の500系以降の新しい新幹線ではテールランプがヘッドライトと同じ光り方をしないので、このCMで醸し出した旅情を再現することは無理だと思います。
 R67編成:21-7951
 ↑岡山駅でのベストショットより:1号車21-7951  (2008・11・2 岡山)

4号車への移動に際してノーズを観察してみます。改めて0系のノーズを見てみると、今の新幹線は鼻が長くなったと感じます。500系,700系,N700系はもちろんですが、東日本のE4系の鼻の長さはとてつもなかったな~と感じます。0系の鼻はシンプルですが、これで世界で初めて200km/h超えの営業運転を実現したわけですからすごいものです。
 21-7951:ノーズ
 ↑0系のノーズはシンプルだが鉄道の歴史を大きく変えた  (2008・11・2 岡山)

4号車後方乗降口から車内に入ります。同じ山陽〔こだま〕でも100系は全車がLED式行先表示器を装備している(前代の〔グランドひかり〕の時から付いていた?)のに対し、0系は昔ながらの書体の幕式表示器が付いていました。東海よりも西日本は新幹線車両の行先表示器のLED化を推し進めているため、0系が引退すれば山陽区間では乗り入れの東海700系,300系を除けば幕式の行先表示器は見られなくなるでしょう。この表示器とともに4号車の車号も押さえておきました。

デッキに入ると銘板が。4号車の26-7013はS58年に川重で製造(33次車)、H7年に博多総合車両所で改造されていました。この車両は長らく16両〔ひかり〕用NH編成として活躍、当時連結されていたNH32編成のアコモ改善に伴って26-7031に改番、〔こだま〕用6連R編成に転用後2003年に2&2シート化で現車番に改番されました。、元車号は新製時26-2024、アコモ改善時26-7031です。+5000の改番方式は西日本ではお馴染みで、113系でもよくやっています。製造がS58年ということは森ノ宮,奈良区の201系がほぼ同い年です。201系は体質改善工事を受け、今後10年以上はバリバリ使い続けるつもりなのに、同じ時期に製造された0系はもうリタイヤです。これは高速運転かつ長距離運転を繰り返す運用により車両寿命が在来線より短くなってしまう新幹線車両特有の使命で、仕方がないのかもしれません。それでもこのような使い方で25年走り続けたわけですから、0系は丈夫だと言えると思います。それだけ最初の設計がしっかりしていたのでしょう。
 26-7013:銘板
 ↑4号車:26-7013の外観  (2008・11・2 岡山)
 26-7013:銘板
 ↑25年ランナーは在来線ならまだ中堅だが新幹線では大往生  (2008・11・2 岡山)

4号車の車内は2&2シートに改造されているもののいたってシンプルでした。特徴的だったのは今の新幹線では当たり前になった窓の飲み物置き台や貫通路上の車内スクロールがなかったこと。窓の前に飲み物が置けないので、代わりに席間肘掛(A席とB席の間およびC席とD席の間)に小テーブルが内蔵されていました。もちろん今の新幹線にはこんなテーブルはありません。あとは0系も新世代車両も共通の前の席の後に付いている折り畳み式のテーブルを使うかです。弁当を食べるなら断然こちらの方が便利ですがね。車内スクロールについてはないままだとこのご時世には不便と判断されたためか、貫通路の左側に21世紀の今になって後付けされました(R67編成は2003年取付)。

両先頭車では今の新幹線では完全に封鎖されてデッキからでは見えない乗務員室も垣間見ることができました。薄緑のデコラで機器類が騒然としている姿は昔ながらでした。これが今の車両はすべて電子化されてしまいました。ちなみに在来線(特急車両は例外かも)では最後尾の乗務員室に車掌が乗っているもんですが、今回乗車したR67編成は4号車博多方に車掌室があるため、車掌は一人乗務でも4号車に常駐し、6号車の乗務員室は無人でした。新幹線の先頭車乗務員室は基本的に運転士以外は乗らないみたいですね。
 26-7013:車内
 ↑オードソックスな0系車内  (2008・11・2 岡山)
 22-7951:デッキから見た乗務員室
 ↑機械だらけの0系乗務員室  (2008・11・2 新倉敷)

14:51岡山発車。N700系のように加速がいいわけではないのでゆっくりした滑り出しです。発車してすぐに車内アナウンスが始まりました。各駅停車なのであっちこっちで〔のぞみ〕やレールスターを退避するため、停車時間が長くなります。新大阪発の〔こだま〕なら最初は広島までの停車案内しかしませんが、〔こだま659号〕は岡山発のためか一気に終着の博多まで案内していました。ちなみに、運転士・車掌とも広島で交代する模様。さすがに岡山から博多まで通し乗務だったらきついですよね。

〔のぞみ〕で通り抜ける時に比べれば0系の道程はゆっくりしてますが、それでも220km/hは出てるだけあってそれなりの速さはありました。岡山に続く新倉敷は15:02着。ここでもう早速岡山を6分後に出た700系〔のぞみ25号〕に道を譲るため3分停車します。新倉敷ではだいぶ人が減ったため乗車していた4号車に近い側の先頭車(最後尾車)、6号車の22-7951をのんびり撮ることができました。
 R67編成:22-7951
 ↑沿線各駅での風景:新倉敷での6号車22-7951  (2008・11・2 新倉敷)

15:05新倉敷発。続く福山は15:18着で、私の旅路はここまでです。0系の走りの特徴は駅到着時のブレーキをかなり早めから掛けていたこと。最新車のように短距離で急激な減速ができないんでしょうね。福山は市街地を走っていても福山城は列車が駅にかなり近付かないと車窓に映らず、市街地と市中心部の距離感を掴むのが難しかったです。福山は退避がないので〔こだま659号〕は1分停車で早々と発車。これにて私の0系の旅は終わりました。0系は中学校の修学旅行の団体臨で新大阪から博多まで往復して以来10年ぶりで、この時は16両編成のグリーン車でした。10年ぶりの乗車が最後になるとは思ってもみませんでしたが、久しぶりに懐かしい思いができました。
 R67編成:21-7951福山発車時
 ↑沿線各駅での風景:福山での1号車21-7951  (2008・11・2 福山)
 ウエストひかり
 ↑おまけ:〔ウエストひかり〕全盛時の0系Sk編成  (1995・12・23 新大阪)

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0系&500系のぞみ乗り納め旅行 (1)

連休半ばの11月2日、私は今月末で営業運転終了となる初代新幹線0系の乗り納め旅行に出かけてきました。ただ、昼間のいい時間帯に新大阪から走ってないのが難点で、岡山始発14:51の〔こだま659号〕の指定を取ることにしました。

岡山を出発するのが午後なので午前中に岡山入りし昼食込みでのんびりして(といっても高速バスを撮影して)〔こだま659号〕に乗ればいいやと思い新大阪10時頃発の〔のぞみ〕を探すと新大阪10:09発の〔のぞみ9号〕がありましたが、偶然にしてこの列車500系でした。500系ものぞみとして走れるのはもうわずかと巷では噂されており、ちょうど500系のぞみの乗り納めも含めることができました。

ということで事前に予定を立て指定券を購入した行路(在来線の部分は除きます)は次の通りです。
 (1)      9A〔のぞみ9号〕   新大阪10:09 ⇒ 岡山10:56
 (2)   659A〔こだま659号〕   岡山14:51  ⇒ 福山15:18
 (3)3746M快速〔サンライナー〕  福山16:12  ⇒ 岡山16:58
 (4)     40A〔のぞみ40号〕   岡山17:14  ⇒ 新大阪17:58
この第一編の記事では往路の新幹線と岡山でのバスの話題、第二編は0系新幹線乗車記、第三編は福山観光と帰路の新幹線について書きたいと思います。

福知山線の113系快速と221系を乗り継ぎ、新大阪に着いたのは9:45でした。〔のぞみ9号〕の発車まではまだ20分少々ありましたがこの時間はあっというもの。とりあえずコーヒーだけ買って22番ホームに上がるとそこそこいい時間になっていました。ホームに上がって気付いたのは意外にカメラが多かったこと。500系は東京-博多の担当定期〔のぞみ〕2往復/日に必要な予備車込16両編成4本を残して順次8両編成化されることになりますが、その新V編成はまだ営業運転開始していないので、実質現ダイヤでは500系は一日2往復しか走っていないことになります。それで珍しいのか、はたまた500系が〔のぞみ〕として走る最後の姿を見届けるためか、多くのカメラが向けられていました。

700系〔ひかり361号〕が隣の21番線から発車してすぐの10:06に22番線に500系〔のぞみ9号〕が入線してきました。在来線ではラッシュ時の大阪環状線でも1~2分刻みで電車が発車するダイヤはほぼなく、さすが新幹線の新ATCが可能にしたダイヤといってもよさそうです。〔のぞみ9号〕の編成はW7編成でした。3分停車だったので手早く先頭車を撮影し、指定の4号車528-7に乗り込みました。登場から10年が経つといっても500系の車内はまだまだきれいで、これが〔のぞみ〕の最前線から退くにはまだ早いような気がしました。最高速度は最新のN700系と同じ300km/hなので走りも見劣りがせず、トンネルがない西明石-姫路での快足ぶりは心地よかったです。

写真は撮れませんでしたが、途中には500系が〔のぞみ〕から退くと見られなくなるいろいろなシーンがありました。まず新神戸で並んだ上り〔のぞみ10号〕の700系は西日本のB2編成。西日本の〔のぞみ〕用車両同士の並びです。博総ではいくらでも見られそうですが、500系が〔のぞみ〕から引退すると本線上で西日本の16両編成500系と16両編成700系が並ぶことはなくなります。2つ目は西明石駅手前で実現した500系臨時〔のぞみ172号〕とのすれ違い。かつては500系同士のすれ違いなんて当たり前に見れましたが、今では貴重になりました。

兵庫・岡山県境のトンネル地帯を抜けるともう備前平野。吉井川に架かる鉄橋を通過すると岡山がもうすぐの合図で、到着案内も始まります。岡山は10:56、22番線着。新大阪を10時過ぎに出るので乗客が使いやすいだけでなく、岡山での接続特急が南は11:05発高知ゆき〔南風7号〕(アンパンマン編成)+徳島ゆき〔うずしお9号〕、北は11:05発出雲市ゆき〔やくも9号〕(ゆったりやくもパノラマグリーン車編成)と多いので、乗り換え下車の乗客も多かったです。ここでも先頭車を撮っておきました。光の加減で新大阪では入らなかった編成番号も無事入りました。
 W7編成:521-7
 ↑〔のぞみ9号〕で走る500系W7編成  (2008・11・2 岡山)

岡山では乗り換え客とともに瀬戸大橋線ホームに移動、アンパンマン列車を拝見しました。6番線にはもうまもなく11:05に発車の高知ゆき〔南風7号〕(後に徳島ゆき〔うずしお9号〕を併結)、隣の8番線には11:34発の宇和島ゆき〔しおかぜ9号〕が停車中でした。さらに6,8番線の間の頭端式ホーム7番線には大歩危トロッコと同型で塗装が変わったアンパンマントロッコの姿も。トロッコ車両は四国方を向き、岡山寄りに国鉄時代の緑帯塗装のキハ185系を1両牽引車で連結していました。

南風に入っていたピンクのアンパンマン列車2号は4両編成の固定編成(塗装統一)ですが、〔しおかぜ9号〕の2000系アンパンマン列車は多彩な編成でした。先頭車はドキンちゃん号と言われていますが、これは編成通してのことではなく1両のみの愛称。続く4両は見事に塗装がバラバラで、見方を変えればカラフルな列車でした。これができるのは電車と違って1両単位で組成が可能な気動車ならではの特徴。11/2の9D〔しおかぜ9号〕の編成は宇和島方から以下の通りでした。
 1号車:2005(先頭車)  ドキンちゃん号
 2号車:2217(中間車)  パンこうじょうのなかま号
 3号車:2208(中間車)  どんぶりまんトリオ号
 4号車:2110(先頭車)  クリームパンダ号
 5号車:2109(先頭車)  しょくぱんまん号   ⇒宇多津から連結の〔いしづち13号〕と共に松山で運転打切

併結列車でもないのに中間に貫通先頭車が挟まっていることは2000系ではよくあることです。〔うずしお〕でもかつてから朝夕ラッシュ時の5両化やデータイム閑散列車の2両はこの手法でよくやっていました。JR四国では1列車あたりの輸送量がどうこうよりも1時間毎には特急を確保するといったフリークエンシーの方を重要視しているみたいです。
 JR四国2030:アンパンマン2号ピンク
 ↑〔南風7号〕の先頭を飾る2030号車  (2008・11・2 岡山)
 アンパンマントロッコ
 ↑『アンパンマントロッコ』ことキクハ32-502  (2008・11・2 岡山)
 JR四国2005:ドキンちゃん号
 ↑〔しおかぜ9号〕の先頭車、『ドキンちゃん号』こと2005号車  (2008・11・2 岡山)
 JR四国2109:しょくぱんまん号
 ↑〔しおかぜ9号〕で唯一の松山止車両、『しょくぱんまん号』こと2109号車  (2008・11・2 岡山)
 JR四国2110:クリームパンダ号
 ↑ホントの意味で宇和島ゆき最後尾車だった『クリームパンダ号』こと2110号車  (2008・11・2 岡山)

さて、岡山駅を出ると私は駅前最大の高速バスターミナルである両備グループのドレミの街へ向かいました。と、その前に駅南口を出ると前回来た時にはなかったでかい建物が建っていました。それは『ビックカメラ』。駅前の一等地に建てるやり方は同社の京都店やヨドバシ梅田にそっくりでした。京都は狭いスペースに無理に造ったので手狭な感じはしましたが、岡山は高さこそあまりないものの京都よりは広く感じました。

高速バスで特筆できるのは出雲線の日ノ丸と関空線の南海でした。11:40発の出雲ゆき〔ももたろうエクスプレス〕でやって来た日ノ丸車はなんと新セレガでした。東京線用の夜行車に日ノ丸自動車が新セレガを投入したことは知ってましたが、昼行車にも新セレガが投入されていました。この〔ももたろうエクスプレス〕は中J,両備,中鉄,一畑,日ノ丸の5社共同運行ですが、これまでどの会社もこれといってめぼしい車をこの路線には入れてませんでした。今回の日ノ丸の新車投入でやっと活気付いた感じです。ただ、日ノ丸の上級昼行車は岡山,広島線で共通運用でしょうがね。
 日ノ丸『鳥取200か347』
 ↑日ノ丸自動車の最新鋭昼行車、『鳥取200か347』  (2008・11・2 ドレミの街)

関空線では前回来た時と便毎の運行会社が変更され、岡山発最終の14:00発は南海バス担当でした(前回来た時はKATE)。南海は岡山線開業にあたり新セレガを2台投入しましたが、そのうちの1台をやっと見ることができました。この他同じ関空線でも両備は専属車の『岡山200か740』(F0601)をリムジン仕様のカラーリングに変更、おまけにPitapa端末まで搭載していました。岡山-関空は片道4500円と高額ですが、将来的にPitapa決済可能にするつもりなんでしょうか。
 南海『和泉200か1030』
 ↑南海バスが岡山線開業時に投入したSorae新セレガ、『和泉200か1030』  (2008・11・2 ドレミの街)

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2008年10月26日 (日)

京阪中之島線試乗

開業から一週間が過ぎましたが、ようやく京阪中之島線の試乗に行ってきました。

大阪駅に着いたのはもう昼前。中之島というといまいち接続している鉄道がピンとこなかったため、バスも含めどう行くのが最短かと思って大阪市バスの操車場(桜橋BTの横)の係員に聞くと「四ツ橋筋をまっすぐ進んで渡辺橋を渡った所に駅があるからそこから電車に乗るといい」と言われたので、四ツ橋筋を南下してみることにしました。ちなみに渡辺橋駅とは京阪の新駅の一つで中之島はその先なので、地下鉄四つ橋線に並行する堂島地下街を抜けても結局一駅分歩くことに…。渡辺橋からでも電車は乗れますが、スルッとKANSAIカードの入場記録は中之島駅で付けたかったので仕方ありません。

渡辺橋駅もたどり着いた中之島駅も私の目には新しい感覚のおしゃれなデザインの駅でした。最近の地下新線(JR東西線,TWRりんかい線など)共通の悩みの種ですが、後にできた鉄道ほど地下深い所を走っているため、地上からホームまでかなり階段を昇り下りしなければならないのが大変でした。

中之島から乗車したのが中之島13:30発快速急行・出町柳ゆき。駅の時刻表を見るとデータイムダイヤでは優等列車は30分毎の快速急行のみで、この快速急行(京橋で淀屋橋発の普通が接続)と合わせて10分毎に電車が発車できるように樟葉または萱島ゆきの区間急行(京橋で淀屋橋発の特急に接続)が設定されていました。中之島駅2番線に停車していた快速急行はこれまでの京阪電車からは予想もつかないような新塗装の3000系、しかもトップナンバー編成でした。3000系は快速急行用として新造された車両であり、早朝・深夜を除き快速急行(その派生も含む)でしか走らないようです。
 京阪3001F
 ↑京阪3000系のトップナンバー編成・3001F  (2008・10・26 中之島)
 中之島線開業記念HM
 ↑3001号車の車号と中之島線開業記念HM  (2008・10・26 中之島)

この3000系、乗ってみたところ「見たことあるな~」というコンセプトが随所に散りばめられていました。まず中之島線最優等列車に充当されるということで8両編成のほぼすべて(車端部は除く)で転換クロスシートが搭載されていますが、このレイアウトがJR東海313系5000番台にそっくり。『できるだけ多くのクロスシートを確保しつつJR西日本223系のような向かい合わせ席ができないようにしよう』とすれば自然とこのレイアウトになるようです。東海でも扉部のスペースが狭くなるといったことで議論はされたようですが、223系のように扉部に補助席を設置していないので割合圧迫感はないです。補助席を使っている時の223系の方が座っている人を気にしなければならないので案外窮屈です。

続いて扉上の案内LCDと妻部の車号名盤。これはJR東日本のE231系,E233系とよく似ていました。やはり名盤は字が大きい方が見やすいというユニバーサルデザインの観点からでしょうか。JR東はE231系,E233系の多くを自社の新津工場およびメーカーの東急車両で製造しましたが、京阪3000系は全車(8両編成×6本)川重で造っていました。メーカーに繋がりがないのにデザインが共通しているとは面白いです。LCDについては感心しました。関西ではJR西日本も阪急も経費を渋ってLCDを千鳥配置にしているのに、京阪は1扉あたりのLCDの数は一つと減っているものの、全扉の上にLCDを配置しどの扉の前に立っても表示が見やすいようにしていました。その代わりにJRや阪急のように広告を流してないあたり、装置を効率よく活用しているように思います。
 中之島駅と3000系車内LCD
 ↑中之島駅名盤と3000系車内扉上LCD  (2008・10・26 中之島)

快速急行で中之島駅から60分、京都は祇園四条駅まで乗車しました。この祇園四条は元々は四条でしたが、中之島線開業とともに駅名が改称されたようです。他にも五条,丸太町がそれぞれ清水五条,神宮丸太町に。祇園四条で下車後ホームでそのまま8000系の塗装更新車を待っていると、やって来た特急は旧3000系でした。3000系の登場でどうなったのやらと思いきや、外観が全然違うのに8000系に編入されてました。偶然にも一編成しかない希少編成が来るとは運の巡り合わせが良かったのかもしれません。ちなみに反対の大阪方面ゆきで来た特急は8005Fでしたが、塗装は従来のままでした。
 京阪8531F
 ↑元3505Fで8000系に編入された8531F  (2008・10・26 祇園四条)

帰りは祇園四条駅から橋を渡ってすぐの河原町駅から阪急に乗車。どうせなら9300系に乗ろうと思いました。ところが阪急では時刻表に使用車種が明記されておらず、電車が来る直前になって2扉か3扉かがわかる始末。2扉は6300系とわかりますが、3扉は9300系なのか他のロングシート車なのかはわかりません。最初1番線で待っていた15:10発の特急は6352Fで、次は3扉車と出ていたので9300系かと思いきや8300Fが来ました。15:30発は6330F、15:40発は3扉と出たので待っているとLED車の9300系が来ました。…が違う。なんと7300系の体質改善車7320Fでした。見た目は最新の9303F,9304Fおよび9000系とそっくりですが車内はロングシートです。といっても9000系並みのグレードにはなってますが。ここでも希少編成が見れました。次も3扉と出ていたのでいい加減9300系だろうと思っていると9301Fが来ました。ようやくこれで帰路につくことに…。
 阪急7320F
 ↑7300系のリニューアル車第一号編成、7320F  (2008・10・26 河原町)
 阪急9301F
 ↑帰路乗車の9301F  (2008・10・26 河原町)

ここで、阪急と京阪の新形式の乗り比べ。座席はシートの硬さ・リクライニング角度ともに京阪の方が上等でした。座席のドッシリ感は全然違ってましたね。

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2008年9月17日 (水)

新〔スーパーはくと〕

先日の14日スルッとKANSAIバスまつりの往路に乗車した特急〔スーパーはくと1号〕、特急券を買った時には気付いてなかったんですが6月以降リニューアルされてる車両のうちの1両でした。

リニューアル前は指定席と自由席でシートが同じですが、リニューアル車では指定席が木目調の高級感のあるシートに変わり差別化が図られていました。言うまでもないですがグリーン車はさらに豪華です。

室内も兵庫・岡山・鳥取3県の伝統工芸品を活かしたインテリアに変わっていました。中でもガラスに和紙を挟んだ貫通扉は見ものでしたね。

今回乗ったのは増結した増2号車(指定)のHOT7041でしたが、気付いたのはこの号車表記だと3号車と間違えて乗車した人が多かったということ。やはり6両運転時はMARSのプログラムも1〜6号車で打ち直した方がよさそうです。
智頭急行HOT7014
↑外見は変わりありません…

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2008年8月11日 (月)

今朝の○珍事

私がいつも大阪駅から乗っている通勤電車は尼崎発高槻ゆきの516Cです。この電車、普段は321系(7両編成、27運用)で、運用の都合で207系貫通7連(F1編成)が来ることもありました。

ところが今朝は不思議な光景が…。それは207系の量産車(4+3両)が前も後も27運用のまま代走してました。後編成の車号は未確認ですが、前編成はMc207-2016×4でした。お盆は各区所とも交番検査を停止するので、車両の交検切れを防止するために急遽運用変更して特発車が出動してきたんでしょうか。それとも321系の突発的な故障か…。

明石で特発車が207系量産車になるのは自然な流れです。これなら207系・321系の全運用に対応できるからです。もし321系だと東西線運用に入った時学研都市線京田辺以東でホームの長さが足りなくて運転できません。

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2008年7月22日 (火)

223系新車お目見え

6/27の運転開始以降これまで3月投入車ばかりだった福知山線の223系ですが、ようやく7月投入車も走り始めました。Mc223-6123×4(MA20)がその一つで、21日は518運用、大阪12:24発の丹波路快速で走ってました。運用上はおおさか東線と共通ですが7月投入車はおおさか東線で走る機会の方が多いようですね。今回の目撃車から宮原への7月投入車は少なくとも4編成(MA17〜MA20)は確定しました。

先週末より携帯を機種変更致しまして、現在P906iを使用しています。この機種、液晶はVIERA、カメラはLUMIXの技術を導入しているため非常にきれいです。ただセキュリティの関係で撮影した待受サイズ(FWVGA)のまま投稿できないのが残念ですね。このためVGAに切り取り後QVGAに縮小しています。
Mc223-6123

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2008年7月 1日 (火)

福知山へも遠征

福知山線の223系、福知山線運用を持つ221系4両編成の運用をすべて置き換えたため幅広い範囲で活躍しています。

現在乗っている大阪17:54発快速は前Mc223-6104×4(MA01)・503運用、後Mc223-6118×4(MA15)・507運用の8両編成で前は福知山まで走ります。223系のラッシュ時は補助席が封印されるため221の時に比べると混雑している感があります。
Tc222-6104_2

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2008年6月29日 (日)

福知山線に223系デビュー!!

新しいPCでの一発目の記事は丹波路快速の223系化の話題です。

昨日の28日は大阪・京都合わせて一挙7台投入された西日本JRバスの新車を撮影しようと桜橋へ向かっていました。川西池田10:38発の高槻ゆき普通に乗り川西池田~北伊丹間の川沿いのカーブを曲がっていた時大阪発の下り快速とすれ違いました。しかし幕はJR宝塚線の電車を示す黄色の帯があったものの何か変だぞ? そこでよく思い出してみたところ「あれは223やsign01」と気付きました。7月から宮原に福知山線用の223系が増備されることは知ってましたが、28日が正式なデビューとなりました。

しかし宮原には相当数の221系が網干から貸し出されているのもまた事実で、これらも運用に入るのでどれが223かと思ってましたが、先述の大阪10:24発に続き10:54,11:24,11:54と立て続けに223系でした。もはや全ての丹波路快速を223系で運転するかの勢いです。

バスの待ち合わせ時間を利用して初お披露目となったのは大阪11:24発の2723Mで、この電車には3月改正でおおさか東線直通快速用として投入されたMc223-6109×4編成(MA06)でした。やはり予想通り、新車も2Pan装備でおおさか東直快と共通運用できる仕様になったらしく新車じゃない車が来ました。それでも新車特有のにおいが残っていたあたり、直通快速ではあまり走らないからでしょう。初めてみる車種でないとはいえ福知山線仕様の案内表記で来ると新鮮でした。

次の2725MはMc223-6116×4編成(MA13)でした。この電車では上り方のMcも見てみましたが、Mc,Mに一両2個積んでいるPanのうち下り方の1個ずつを上げて走っているのは東西線と同じでした。運用番号S6601なのは元々(というより前日まで)221系で走っている筋であり、ダイヤ改正で運用面で正式に223系化されるまでは臨時運用扱いの4桁になっているので宮原ベースで運用している221系も宮原所属直快の223系も定期では500台の番号で走っているので、福知山線運用の223系も行く行くはこうなることと思います。ちなみに2723MはS6602運用でした。

回転は早い(特に篠山口折り返し)ようで、大阪14:24発の2735Mも再びMA06でした。先の電車から見ると篠山口は4分で折り返し2723M~2752M~2735Mと辿ってきたようです。大阪~宮原は短時間では折り返し回送できないので2754Mはないと思います。

帰りは〔松山EXP〕を見送った後15:24発の2739Mに乗ってみました。この電車はMc223-6104×4(MA01)編成・S6609運用でした。宮原ではトップナンバーの編成になります。この6000台の車両は性能を221系に合わせてあるので従来と運用面では何ら変わりありませんが、客室が221系に比べると今式に一新されていること、制御方式が221系の抵抗(低速域)+界磁添加励磁(高速域)から最新のPWMインバータに変わったことで客室のきれいさに加え音や振動も静かになり快適になりました。大阪駅では神戸線にも走っていることもあり景色には馴染んでいましたが、下車した川西池田には新しい顔で、223系が走るようになってくれたことは何とも嬉しい限りです。何より、福知山線はこれまで快速で走っていた車は113・115・117・221のいずれも本線系のお古であり、今回の223をもってやっと認められた存在になったと思います。平日ダイヤではどう変わるかわかりませんが、とりあえず113系で運転している電車はすべて置き換えてほしいですね。扇風機がなく冷房の効きの悪い113系で通勤するのはもうゴメンです。この223系の運転開始は同時に、丹波路快速運転開始以降従来福知山線快速は宮原で担当していたところ網干の担当に変わりましたが、223系により久しぶりに宮原に主権が戻ってきたことになります。

さて、223系はこれ限りではありません。篠山口以北の区間でも福知山電車区に7月に2両編成×12本の223系5500台が新製配置されるため、2両編成の113系で運転されていた山陰線・福知山線の電車が順次223系化されることになります。つまりは福知山線全線で223系が走ることになります。もしかしたら4+2の併結列車も出てくるかもしれません。ラッシュ時の4+4はほぼ確実です。嵯峨野線では113系で福知山の2両と京都総合運転所の4両が併結している例があるので、221(京総)と223-5500(福知山)の併結もあるかもしれませんね。

221はというと今回の件で運用が浮けば体改工事が繰り上がる可能性もあります。現在Mc221-77×4(C17)が吹田工場に入場、来月はMc221-73×4(C13)が同じく入場しますが、定検だけでなく改造工事も追加される可能性もないとはいえません。
 Tc222-6109
 ↑2723M,2735Mの先頭車Tc222-6109  (2008・6・28 大阪)
 Mc223-6116
 ↑2725Mの最後尾車Mc223-6116  (2008・6・28 大阪)
 Tc222-6104
 ↑帰り乗車した2729MのTc222-6104  (2008・6・28 川西池田)

ちなみにですが、買い換えたPCとは東芝dynabookのCX/47Fです。B5ワイドの13.3型液晶に加えてintel Core 2 Duo CPUを搭載しHDDは160GB、これから仕事でも使う機会の増えるPower Pointも付いたコンパクト・ハイスペックモデルです。ヨドバシのデモ機はHDDが日立、DVDドライブがHD-ST(というよくわからんメーカー)製でしたが、実際買ったものはHDDが東芝、DVDドライブが松下製で、恵まれた機械でした。同じ機種のPCでも個体でHDDやDVDドライブのメーカーが数通りあることってあるんですね。

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2008年6月 8日 (日)

223系新車続々

先月交通新聞にも載ってましたが、今夏に向けて車体強度増強型(福知山線事故の反省で側面衝突に対する車体強度を改善したとのこと:321系は新製前の設計変更で全車対応済)の223系2000台40両を新製し、網干・宮原に投入してJR神戸,JR京都,琵琶湖,JR宝塚の各線で7月から運用開始することが決まっています。

私は今月から吹田に転勤していますが、6/5の帰路吹田駅で電車を待っていると隣の下り外側線をピカピカの223系が4連×2で大阪方面へ走り去っていきました(種別幕は『試運転』)。毎度のことですが吹田近辺では新快速など外側線を走る電車は全速力で走っているので車号は読み取れるはずありません。ただピカピカであることと『試運転』幕から新車であることはわかりました。網干車なのか宮原車なのかもわかりませんが、今後もPanの数が違いの決め手になるのではないでしょうか。というのは今度宮原に初の宝塚線用の223系が入ったとしても、車両運用の柔軟性を考えればWPanにして東西~おおさか東~大和路直通快速でも運用可能にした方が都合がいいからです。宮原は原則本線運用は持たないので、2000台で入っても6000台に改番されることになるでしょう。そうなると宝塚線運用では現在網干から借入している221系(4連×11本)との協調運転も可能になります。

新車全40両がどういう陣容なのか定かではありませんが、目撃した情報と昨今の車両運用の特徴から推測すると4連×10本が可能性として高いです。これなら網干であれば敦賀・近江塩津への乗り入れが可能ですし、宮原であれば丹波路快速での単独ないし重連運転が可能です。もちろんおおさか東線直通快速もこの重連運転ですのでこれにも準じています。223系になっても昼間の丹波路快速が4連なのは相変わらずか~といった感じですが、もし221系6連の乗り入れが廃止になって4連×2で置き換えた場合は輸送力が大きくなるのでいいとしましょうか。ラッシュ時も現在221系は8両貫通か4連×2で運転されてますが、113系便が6連で混んでるのでこれは早いところ変わってほしいです(森ノ宮通勤時は4+4の221系に乗ってましたが、吹田通勤の今は6連の113系に乗ってます)。

掲示板等で探してみましたら、WPanの新車で以下の2本が確認されていました。
  Mc223  T223  M223  Tc222
   2122 - 2240 - 2311 - 2122
   2123 - 2241 - 2312 - 2123

ちなみに、3/15の改正から網干から宮原に貸し出されている221系は以下の通りです。かつて宮原から下関へ貸し出された117系がそうなったように、網干に223系が増えた暁には正式に転属となるのではないでしょうか。
      Mc221  M221   T221   Tc221
  C01   32  -  32  -  32  -  32
  C06   56  -  56  -  56  -  56
  C07   58  -  58  -  58  -  58
  C08   60  -  60  -  60  -  60
  C12   72  -  72  -  72  -  72
  C13   73  -  73  -  73  -  73
  C15   75  -  75  -  75  -  75
  C16   76  -  76  -  76  -  76
  C17   77  -  77  -  77  -  77
  C20   81  -  81  -  81  -  81
  C22   39  -  39  -  39  -  39

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2008年5月24日 (土)

能勢電創立100周年フェスタ

昨日の記事にも書いたように、今日は能勢電鉄本社および隣接の平野車庫(川西市)で開催された能勢電鉄創立100周年記念フェスティバルに行ってきました。

このイベントのメインは何といってもこの日に合わせて期間限定で復活した過去に同社で活躍したオリジナル塗装の電車です。山下以北でピストン運行されている2両編成2本がその対象で、一本は1994~2003年に活躍した能勢電最後のオリジナルカラー、もう一本は1983~1992年に活躍したマルーンベースに窓回りがクリーム色のカラーに塗り替えられました。今日は2本ともイベントで使うため、ピストン運用には日生・妙見ともに4両編成の電車が代走していました。

10:00前に平野に到着、開場後10:42に出発するイベント列車『100周年記念号』の第一便に乗ることができました。車両は能勢電最後のオリジナルカラーになった1510Fでした。この塗装は私の中でも一番付き合いの長い色で、小学校高学年の時から高校を卒業するまで、能勢電に乗った時はいつもこの色でした。この色を見ると大学の受験勉強で能勢口の予備校に通っていた頃のことを思い出すので感慨深いです。電車は2両だったのでかなり混んでいました。写真に写っている人は誰って思う人はいらっしゃるかと思いますが、この人は毎年4月半ばに清和源氏の里・多田神社で開催される『川西市源氏まつり』でお馴染みの静御前さんです。能勢電鉄の路線の大半の区間が川西市を通っている関係で今回の記念イベントのゲストとして相方の巴御前さんとともに招かれたようです。車内では子供へお菓子のプレゼントなどをされていました。私が乗車した時はまだ大丈夫でしたが、電車の発車する少し前から雨が降り出し、会場での移動は苦労されていました。
能勢電1510F下り方
  ↑1510F『創立100周年記念号』 (2008・5・24 平野)

さて、そのイベント列車のコースは平野から川西能勢口をノンストップ(川西では定期列車退避とエンド交換でドアを開けないまま6分停車)で往復、平野帰着後機洗体験でした。往路では車掌により途中の各駅(多田,鼓滝,鶯の森,滝山,絹延橋,川西能勢口)の駅名の由来が紹介され、復路では川西能勢口停車中に子供対象で配られた抽選券の抽選が行われました。帰着後の機洗はやはり珍しいのか興味を示している人が多かったですが、私は仕事の時いつでも体験できるので特に刺激はありませんでした。機洗のシステムは森ノ宮電車区のものとほぼ同じようですが、今回感心したのは環状線を走る103系は体質改善をしていても隙間が多く機洗を通ると側引戸や窓のいずれも隙間から車内に水が入ってくるのですが、能勢電の1500系は今回の1510で製造がS36年と現在環状線を走っている103系よりも約10年車齢が老いていても気密がしっかりしていて車内に少しも水が入ってこなかったことです。阪急の車両設計技術が優れていたのか、それとも国鉄の車両設計技術が安っぽかったのかは定かではありませんが、車両は上手に保守すれば永く使えるんだと実感した私でした。

イベント列車は午前は1510Fが2往復し、午後からは選手交代で1500Fが2往復走りました。午後は乗ってませんが紹介しておきますと、この編成のカラーは1510Fの2代前のもので、先に書いた通り1983~1992年に活躍していました。もっとも、私は1993年春に猪名川へ引っ越してきたので一度もこのカラーが現役だった頃を知りません。私が知っている能勢電のオリジナルカラーは明るいデザインのものばっかりだったので、この1500Fのカラーは以外にシックだなという印象を受けました。
能勢電1500F上り方
  ↑1500F『創立100周年記念号』 (2008・5・24 平野)

能勢電本社の壁面に過去の同社のオリジナルカラーの電車の写真が貼ってありました。ここでようやく私の見覚えのある塗装が出てきました。
能勢電オレンジカラー

能勢電試験塗装2タイプ
2枚続きの写真の一枚目、オレンジにグリーンの帯が入った塗装が私が猪名川へ引っ越してきた当時の能勢電です。私はこのカラーの電車に乗ってはいますが、残念ながら写真は撮ってないので記録が残ってません。今の能勢電からすれば相当派手な電車があったんだなということぐらい覚えていただければ嬉しいです。これはどうも写真から判断する限り1700系の導入を記念して登場したカラーではないでしょうか。1500Fのカラー(オレンジの前代)では1500系ばかりで1700系が出てこないからです。

続いて2枚目の写真の2種類の塗装は私は覚えてますが、赤帯のカラーが1501F、青帯のカラーが1703Fだけと全社的に普及しませんでした。今日本社の壁の写真を見ていて、これが試験塗装であったことを初めて知りました。「道理で…」と思いつつも、青帯の1703Fは今みたいなデジカメではない、フィルムで写真を撮った記憶があったので帰ってからそれを探してみました。すると能勢電の川西能勢口駅が今の高架に変わって間がない96年に撮った写真が見つかりました。当時の私は小学校を卒業したばかりで、春休みに撮った写真でした。この時は高架化こそしているものの、川西能勢口駅は3番線がまだ工事中で阪急と能勢電が繋がっていない時代です。
能勢電1703F(1996年)
  ↑青帯試験塗装の1703F (1996・4・21 川西能勢口)

最後に過去にフィルムで撮影して発掘した写真をもう一枚。2001年に引退した能勢電最後の片開き扉車(いわゆる通勤電車にお馴染みの“両開き”じゃないタイプ)1000系(旧:阪急1010系)の引退記念列車です。能勢電は1997年11月16日に特急〔日生エクスプレス〕が走り出した改正から線内電車はラッシュ時の一部を除きすべてワンマン化されていますが、1000系は古いという理由でワンマン化工事対象車から外れ、ラッシュ時の急行運用以外は平野や日生中央で留置されていました。両数の関係からこれだけ6両編成だったことも昼間使えない最大の要因でした。97年改正で3100系が入ったりしてようやく必要なくなったからか、2001年春に廃車が決まりました。それに先立ち同年のみどりの日に日生中央~川西能勢口1往復でさよなら運転を実施、その後5/5の阪急正雀レールウェイフェスタにも登場しました。そしてGW明けに正式に廃車されました。さよなら運転の時は私は高校3年生でしたが、一日だけ受験勉強を中断して撮影に行った記憶があります。
能勢電1001Fさよなら運転
  ↑能勢電1001Fさよなら運転列車 (2001・4・29 川西能勢口)

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2008年5月23日 (金)

祝・能勢電鉄創立100周年

本日、私の地元を走る能勢電鉄が創立100周年を迎えました。今でこそ阪急グループの一端となっていますが、発足当時は当時の阪急電鉄である箕面有馬電軌軌道とはまったく資本や運行面での関係はありませんでした(ちなみに阪急電鉄は昨年が創立100周年でした)。

現在の川西能勢口は阪急と駅舎が共通で線路も繋がっていますが、昭和50年代までは川西能勢口〜JR川西池田も能勢電で繋がっていました。その名残なのか、今でも川西池田でのJRの車内の乗り換え案内に能勢電鉄は出てきても阪急が出てこないという変わった案内がされています。

能勢電鉄は猪名川町へ乗り入れる唯一のアクセス鉄道であったため私も高校生の時まではよく乗ってましたが02年3月に都市計画道路として設計された新しい県道が全通し川西能勢口へ直通のバスが運行開始したため、時間・運賃のいずれでも優位なバスを使うようになりました。しばらく乗らない間に能勢電は阪急グループの一社としての位置付けをより明確にするためかオリジナルカラーを廃止して阪急と共通のマルーン色の電車になり現在に至っていますが、創立100周年を記念し期間限定で能勢電最後のオリジナルカラーとその2代前(私が猪名川へ引越てくる少し前ぐらいになくなったらしい)のカラーが復活することになったそうです。いずれも山下以北のシャトル便用の2両編成に施工し、後者はすでに運行開始、最後のオリジナルカラーは明日平野車庫で開催されるイベントで御披露目されます。私も明日このイベントに行こうと思ってますのでこの模様はまた後日お伝えします。
おめでとう

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2008年5月 9日 (金)

京浜東北線物語

先日の東京出張の際宿泊先が大井町だったこともあり、5/5の朝は京浜東北線で一駅の京急品川BTで撮影していました。バス(この日撮れたのは弘前・倉敷・今治の3線でした)を待っている最中たまたま見ていた隣の線路に209系にしては少し違和感のある京浜東北線の電車が大船方面に走っていきました。その時はわからなかったのですが、後で来た同類の電車を観察してようやくそれがE233系だとわかりました。

しかしE233系って中央線じゃなかったかな? そこで知人に問い合わせてようやくわかりました。京浜東北のE233系は209系の置き換え用として投入されており、将来209系は全廃されるとのこと。ただし少数ながら京浜東北にも走っている209系500台(中央総武緩行線の209系の色が変わったもの)は他線区に転属の上で残るそう。

京急品川BTでの撮影は8:00過ぎに到着便が全便到着済であることを確認して切り上げ、大井町駅で下車後そのままホームで待ってみることにしました。やはり209系が主体でしたが、運良く上りの大宮方面ゆき電車で209系500台・E233系1000台の両方に出会えました。中央線との違いの詳細はわかりませんが、京浜東北線のE233系は1000台が命名されたようですね。大井町で出会った編成は第11編成、品川で見かけた編成は第14編成であり、投入のピッチは早いようです。

京浜東北線の余談ですが、500台を除く209系も一口に同じではなく、JR西223系2000台の1次車と2次車の違いと同じく運行番号表示器がマグサインのものとLEDのものがいました。写真は上から
(1)209系マグサインタイプ(浦和75編成) 2008/5/5 大井町
(2)209系LEDタイプ(浦和60編成) 2008/5/5 大井町
(3)209系500台(浦和84編成) 2008/5/5 大井町
(4)E233系1000台(浦和111編成) 2008/5/5 大井町
です。

ウラ75編成
ウラ60編成
ウラ84編成
ウラ111編成

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2008年4月20日 (日)

和歌山のネコ駅長

今晩のニュースより、かねてから話題になっていた和歌山電鉄貴志川線貴志駅のネコ駅長『たま』のために貴志駅内に彼専用の駅長室が設置されたとのことが報道されていましたcat

日本中どこを探してもネコが駅長を務めている駅はここしかないでしょうが、テレビを見てると何かほのぼのとしていい所です。私も機会があればぜひ一度行ってみたいのがこの貴志駅です。

ところで、ニュースに映っていた和歌山電鉄社長とは、実は岡山では有名な両備ホールディングスの社長さんなんですsign03 和歌山電鉄は南海電鉄が廃止した貴志川線を岡山電軌が買い取ったもの。その後さらに岡山では県内バス事業者の再編が進み、県内では比較的大きかった岡山電軌や中国バスさえも両備の傘下に入ってしまったためこのような繋がりになったのです。両備バスは先日中鉄バスから譲り受けた新宿線〔マスカット〕号に最新の三菱エアロクイーンを投入したばかりですが、グループ本体の会社(といっても両備バスの株式も両備ホールディングスが所有していますが)としても和歌山電鉄に負けないようなアッと驚く取り組みをやってくれないかなと期待しています。

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2008年4月17日 (木)

遠回り

今日夕方大阪駅3番線で入駅中の特急〔雷鳥〕に人身事故があり、京都・神戸本線と環状線が大幅にダイヤが乱れた(環状線は直接影響ないが事故の隣ホーム2番線が環状外回りのため)ので、今日は地下鉄・阪急経由で迂回して帰りました。

地下鉄は森ノ宮から梅田は何通りも経路はありますが、阪急への乗り継ぎを考えると梅田駅下車が最も良く、結局中央線と御堂筋線を本町で乗り換えるルートになりました。御堂筋線はやはり一日中混んでますね。だから極力乗りたくないんですが今回は仕方ありません。たまたま来たのが昼間にはない中津ゆきだったので千里中央まで走り通す電車に比べるとまだ余裕がありました。案の定梅田で降りた後は電車はガラガラで出て行きました。新大阪での新幹線乗り換えもできないのだから仕方ないですか。ちなみに中央線は近鉄の7122Fが来ました。

阪急は先発の日生エクスプレスを一本やり過ごすと次の宝塚ゆきに座れました。川西まで阪急で帰れるのはよかったのですが、今日に限って朝寝坊をして車で直行し川西池田駅前の駐車場に停めたので、川西で逆戻りしなければならないのが面倒でした。まあ混んでいるバスよりはいいかって思いますけど。
大阪市営1104F
阪急6000F

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2008年4月 8日 (火)

今日の9001F

今日は梅田でCDを買ってから帰るため、梅田から先は阪急にしました。梅田駅で電車を待っていると乗車予定の18:30発急行宝塚ゆきに最新の9001F編成がやってきました。最近私はよくこの編成を見かけますがもっぱら普通電車の運用ばかりで、急行運用は久しぶりでした。この電車JRにはないいい技術がたくさん入っており、JRも少しは見習ってほしいな〜と思います。

ちなみに、この電車で特徴的なフルカラーLED表示器ですが、よく似たJR東海313系5000台では小糸工業製らしいです。なんとも、うちの会社でも身近なメーカーでした。
阪急9001F

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2008年3月29日 (土)

岡山出張

今日からICOCA・Suica・TOICAの共通利用が始まり、これを記念して各カードで記念カードが発売されました。私ももちろん記念ICOCAをゲットしようと駅へ向かったわけですが、京阪神地区はどの駅も見事惨敗でした。

そこで次に目をつけたのが岡山支社管内、「田舎ならまだあるんじゃない?」って考えです。京阪神で最後に当たったまだできたての新しい島本駅で新幹線の往復指定券を買いました。行きが〔のぞみ31号〕N700系、帰りが〔ひかり474号〕レールスターです。岡山で2時間の猶予を設けましたが、結果この判断が正解でした。

岡山駅はもちろん売り切れでしたが、岡山駅で調べてもらったところ15:00現在で笠岡駅に40/100在庫ありと判明し、何とか購入できました。購入したのは3枚で、1枚は私用、1枚はSuicaを頼んでおいた東京の知人がもしほしいと言った時に備えてのもの、残り1枚は…来週のオフ会に参加していただいた方だけのお楽しみです。

それにしてもICOCAでここまで大移動とはちょっと想定外でした。ホントに疲れた…
N700-Z3
700-E9
笠岡駅

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2008年3月24日 (月)

KTR001系

一日明け、帰りは天橋立から大阪方面直行の特急〔タンゴエクスプローラー〕に乗車しました。このKTR001系は1990年デビューで何度となく見る機会はあったのに、乗車は今日が初めてでした。

登場時は京都発着・西舞鶴経由でしたが、その後電化開業の96年3月改正でKTR8000系〔タンゴディスカバリー〕が登場し、後の運転系統整理で同系とトレードされました。

一編成3両ですが、週末はよく2編成併結で運転されています。今回もそうでした。車内は独特のハイデッカータイプの造りでJRの改造電車に比べるときれいなものの、やはり年期は入っていました。221系と同年代だからもうすぐ体質改善工事が必要ですしね。ダイヤも大江で行き違いの下り〔はしだて〕・福知山接続の〔きのさき〕がそれぞれ10分遅れ、この遅れを引きずったままでした。
KTR001系

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2008年3月22日 (土)

丹後へ

今日は病気の祖母のお見舞いに丹後まで行ってきました。天橋立までは宝塚から特急乗り継ぎで約2時間でした。福知山線経由の丹後方面の特急は本数こそ少ないですが、15日の改正で福知山駅の乗り継ぎが改善されたことで乗り継ぎを条件に入れれば実質の増便になりました。

写真は病院近くで撮った天橋立の松並木(写真中央が天橋立)と天橋立駅での特急〔はしだて〕号です。
天橋立
特急〔はしだて〕号

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2008年3月16日 (日)

おおさか東線開業

昨日から開業したJRおおさか東線の試乗に行ってきました。放出へ着くとなかなか賑わっています。電車は4本/hなのですぐに来るのかと思い気や…等間隔ではないので少し待たされました。これは15分間隔で運行している本線系の流れをもつ学研都市線と10分間隔・20分間隔を組み合わせた大和路線を繋いでいるために歪なダイヤになってしまったようです。

とりあえず直通快速を見てみようと行ってみると…やってきた宮原の223系の車号が2000台から6000台へ変わっていました。これは221系に性能を合わせるために改造・改番された網干の6000台と全く同じで、貫通路下に黄ラインが入っていました。宮原の車は特段改造はしていないと思いますが、130km/h運転をしないのでこのような扱いになったのかもしれません。

Jrwest233 ↑223系直通快速   2008・3・16 放出

普通列車は4往復/hを奈良電車区201系3本・103系1本の計4運用でやり繰りされていました。そのうち1本、Tc201-125編成におおさか東線開業を祝うヘッドマークが取り付けられていました。開業後の今だけ限定ってヤツですね。

Jrwest236 ↑(上)おおさか東線開業ヘッドマーク取付列車  2008・3・16 放出Jrwest2368_3  ↑(下)同ヘッドマーク  2008・3・16 久宝寺

東西・学研都市線でも松井山手までの321系の乗り入れが開始されました。321系はD10以降の編成は新製時から、D1~D9編成は06年度に改造によりWPan搭載車となりましたが、今改正でついにその二つ目のPanの出番がやってきました。09年春に京田辺~木津のホーム7両編成対応化工事が完成するとその後は207系と321系が完全に共通運用で各線を走り巡ることになります。

Jrwest2374
↑東西線乗り入れ列車の証拠であるピンクのラインが入った幕を掲出する321系の西明石ゆき普通  2008・3・16 三ノ宮

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2008年3月15日 (土)

なは・あかつき廃止

京都−熊本・長崎で運行されていた寝台特急〔なは・あかつき〕が昨晩発で廃止になりました。この列車は京都が起終点の寝台特急としては最後の列車であり、また寝台車は値が張ることから高速バスに対抗した座席車『レガートシート』を連結していることで有名でした。

終列車を見ることはありませんでしたが、今年元旦に長崎で遭遇した時の一枚です。〔なは〕と〔あかつき〕を分割した後なのに機関車のヘッドマークが〔なは・あかつき〕となっているところが面白いです。

あかつき号

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2008年3月14日 (金)

なんば関空快速終焉

今日は都合により午後半日なんばで仕事していました。するとなぜかいつもより騒がしいな~と思ったら、それで今日でJR難波発着の関空快速がなくなることにようやく気付きました。

改正後のことばかりに気を取られていましたが、新顔あれば消えゆくものもあったんですね。せっかくなんで同僚と記念に収めておきました。少々ブレてますがJR難波駅の223系です。

223系 in JR難波

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